広島であるお坊さんと出逢った。
86歳というお坊さんは、戦争中に高野山中学・高校に学んだという。
背丈が大変小柄な方で、山から下って38式銃を担いでの軍事教練は辛かったと語ったが、訓練を終わって山に登ってからの修行に関して、辛いという言葉はなかった。
ニュースで流れる寒中水行は、事故があった時に問題になるので、現在の高野山では希望者だけがやっているらしく、昔は否応なく全員が参加させられたそうだ。
修行は掃除が一番、掃除に勝るものはないと仰っていた。
見ると右手の親指、人差し指、中指、左手の親指と人差し指にゴムのサックをはめている。
その理由を尋ねると、掃除のし過ぎで指の皮膚が減り過ぎているのだそうだ。
高野山で学んだ修行を、70年以上もいまだに続けておられるお姿に圧倒された。
四国で進行中の襖プロジェクトから帰る折り、ご住職から御守りにしなされと貴重なものを頂いた。
その日、巡礼に訪れた中尾さまご夫婦から納められたものだという。
札に書かれた四国霊場巡拝 第275回の文字に圧倒される。
86歳というお坊さんは、戦争中に高野山中学・高校に学んだという。
背丈が大変小柄な方で、山から下って38式銃を担いでの軍事教練は辛かったと語ったが、訓練を終わって山に登ってからの修行に関して、辛いという言葉はなかった。
ニュースで流れる寒中水行は、事故があった時に問題になるので、現在の高野山では希望者だけがやっているらしく、昔は否応なく全員が参加させられたそうだ。
修行は掃除が一番、掃除に勝るものはないと仰っていた。
見ると右手の親指、人差し指、中指、左手の親指と人差し指にゴムのサックをはめている。
その理由を尋ねると、掃除のし過ぎで指の皮膚が減り過ぎているのだそうだ。
高野山で学んだ修行を、70年以上もいまだに続けておられるお姿に圧倒された。
四国で進行中の襖プロジェクトから帰る折り、ご住職から御守りにしなされと貴重なものを頂いた。
その日、巡礼に訪れた中尾さまご夫婦から納められたものだという。
札に書かれた四国霊場巡拝 第275回の文字に圧倒される。