千代の富士の訃報で一番驚いたのは、61歳という若さだった。
現在のモンゴル力士に土俵を奪われる前の、最後の日本人力士の華だった。
その育ての親こそ先代九重親方・北の富士勝昭。
NHKの相撲解説に北の富士さんがいることで、どれほど相撲中継の面白さが増しているか、常日頃から感心していたので迷いなく本書を買った。
そしたら翌日、奇しくも千代の富士の訃報だったのである。
北の富士が醸し出すあの超越した雰囲気、ユーモアに溢れながら辛口の解説、和服からスーツ姿まで美しく着こなす出で立ちは、居るだけで絵になる。
著者はその生き方を、粋・華・色気を身につけた人間力満開の男道とし、北の富士の波瀾万丈の流儀を明かにしていく。
「ネオン無情」をヒットさせ、「夜のヒットスタジオ」に出演したのはチョンマゲ歌手のはしり。
断髪式の後は紋付き袴で挨拶が当たり前だった時代に、白のタキシードでお色直しする破天荒さ。それ以来、紋付き袴の人はいなくなってしまった。
だからと言ってダンディーなスタイルがいいというのでもない。
「やはり力士には着物姿が最高だ。チョンマゲに洋服では、“官軍の兵隊さん”である。着物には腕時計もつや消し。古くさいようだが、懐中時計に、合切袋でなければ様にならない。」
「北の富士は伝説的な名横綱とは言えなかったが、二人(千代の富士、北勝海)の横綱を育てた名伯楽となった。」
身銭を切りながら銀座を愛し、夜の帝王と言われるまでに人間味を磨いた反面教師的指導スタイルも、北の富士流だった。
それら痛快なエピソードが表の顔なら、人に対しては細やかな気を使う表に出さない情の深い一面を本書は探っていく。
土俵は男の世界、そこでしのぎを削り、頂点を極めた横綱が、男の美学を極めた解説者をつとめるのだから見応え聞き応えあって当たり前。
「この男を知らずして大相撲を語るなかれ」