50歳が近づく頃、切実な何かを求めていた。
模索する中で出会ったのが車谷長吉の「鹽壺の匙」(しおつぼのさじ)という私小説だった。
飾り立てられた綺麗な言葉で書かれたものよりも、自らを反時代的毒虫と言い、苛烈な言葉で容赦なく人間の業をあばく車谷の、毒を以て毒を征す文体が心地好かった。
映画化された「赤目四十八瀧心中未遂」以外の私小説は全て読んで、からだ中に毒が回った頃に脱サラした。
最後の文士と呼ばれ、一切の妥協を廃し自らを燃焼させる生き方。
「書いた物が全てだ。自分の遺骨はごみ袋に入れて捨ててくれ。」
こんなことを言うような人間は、当然のごとく世に容れられない。
ところが48歳の時に、詩人高橋順子さん(当時49歳)と結婚した。
生前の車谷さんに一度だけ車谷長吉書展で会ったことがあるが、作風と同じく不気味な人だった。
こんな人と結婚する女性はどんな人かと興味深かった。
独立以来10年、毎日が切実になってしまった自分は、車谷長吉の世界から遠ざかっていた。
今回、高橋順子さんの回想録「夫・車谷長吉」が出たことにより、ひさびさに車谷長吉をのぞいた。
自分が車谷さんから離れた後、脅迫神経症や脳梗塞といった病魔と戦い、創作意欲も衰えていった文士の姿、その夫との二人三脚を苦しみながらも愉しく描いた本書もまた、優れた私小説であった。そして車谷長吉にはまったく似合わないが、美しいラブストーリーだった。
お互いが相手を世界でたった一人の伴侶と認めあったこの本は、先月の三回忌に合わせて出版された。
模索する中で出会ったのが車谷長吉の「鹽壺の匙」(しおつぼのさじ)という私小説だった。
飾り立てられた綺麗な言葉で書かれたものよりも、自らを反時代的毒虫と言い、苛烈な言葉で容赦なく人間の業をあばく車谷の、毒を以て毒を征す文体が心地好かった。
映画化された「赤目四十八瀧心中未遂」以外の私小説は全て読んで、からだ中に毒が回った頃に脱サラした。
最後の文士と呼ばれ、一切の妥協を廃し自らを燃焼させる生き方。
「書いた物が全てだ。自分の遺骨はごみ袋に入れて捨ててくれ。」
こんなことを言うような人間は、当然のごとく世に容れられない。
ところが48歳の時に、詩人高橋順子さん(当時49歳)と結婚した。
生前の車谷さんに一度だけ車谷長吉書展で会ったことがあるが、作風と同じく不気味な人だった。
こんな人と結婚する女性はどんな人かと興味深かった。
独立以来10年、毎日が切実になってしまった自分は、車谷長吉の世界から遠ざかっていた。
今回、高橋順子さんの回想録「夫・車谷長吉」が出たことにより、ひさびさに車谷長吉をのぞいた。
自分が車谷さんから離れた後、脅迫神経症や脳梗塞といった病魔と戦い、創作意欲も衰えていった文士の姿、その夫との二人三脚を苦しみながらも愉しく描いた本書もまた、優れた私小説であった。そして車谷長吉にはまったく似合わないが、美しいラブストーリーだった。
お互いが相手を世界でたった一人の伴侶と認めあったこの本は、先月の三回忌に合わせて出版された。