高村薫『空海』を読み終わって、高野山に行きたくなった。
いままで2度ともケーブルカーだったが、今度は空海の歩いた道を九度山から自分の足で登り、一夜宿坊に泊まることにしたい。
出来れば寒い季節に。
帯には、「結局、日本人はこの人に行きつく」と謳う。
写真が70ページもあるため2日間で読んでしまったが、その間、サイン会でお客さまにサインしたあと、一人一人に立ち上がって深々とお辞儀していた高村さんの姿が、たえず脳裡に浮かんでいた。
密教の神秘性を、様々な観点から論じてくれているところがありがたい。
リアルスーパーヒーロー空海と、虚像としての弘法大師という二人に別けて説いている。
生前の名声も下火になり、百年後には教団の維持と運営のために空海の神格化がなされた。
そのための朝廷工作があり、 空海が亡くなってから87年経ってから弘法大師の諡号が醍醐天皇より贈られた。
そして入定留身説が生まれ、伝説的な存在に化していく。
自分が初めて空海と出会ったのは、司馬遼太郎『空海の風景』だった。
今回、高村さんを読了して改めて司馬さんの本を取り出した。
1985年、30年前に読んでいる。
それから四半世紀を経て、現代書家・岡本光平と出逢い、空海誕生の地 さぬきの高松三越で「岡本光平・空海展」を開くことになろうとは、夢にも思っていなかった。
2011年、その岡本光平空海展の前に、『空海の風景』を再読していた。(岡本光平空海展は2011、2014、2015年に開催)
赤い線が引かれ、書き込みがなされたページがおびただしくあり懐かしい。
今回、高村さんを読んで司馬さんと比べたくなり、3度目に挑戦したくなった。
読むたびに、遥かな思いにいざなわれる。