夏休みに芥川賞受賞作、沼田真佑氏の「裏影」を読んで。
3. 11で感じた「義憤」を作品に昇華させたという前触れで読み始めたのだが、こちらが考えていた義憤とは大部イメージが違っていた。
文芸春秋のインタビューで「本当に津波の被害にあわれた方が読むと、嫌な思いをするのではないか、と心配です。」と語っているが、その気遣いで薄まった作品は物足りなさを感じさせた。
舞台となった盛岡での釣りを通した自然描写が素晴らしい。
ウグイ、ヤマメ、イワナ、アユを釣る場面が臨場感たっぷりに描かれ、ラストシーンをニジマスが飾る。
東日本大震災と魚のイメージから、自分にとって強烈な印象だったあの日のサケが甦った。
大震災が起きた年の11月18日、地元の友人の案内で被災地を巡った。その帰り道に、登米市にある横山不動尊に立ち寄った。
海に面した南三陸町は8ヶ月経っても、津波に浚われた被害の爪痕が生々しく見てとれた。
そこからかなり内陸にある峠を越えて、横山不動尊に参った。
寺の前に幅1メートルくらいの浅くて小さな川が流れていた。
最初は川とは思えず水溜まりかと思ったが、バシャッと泳ぐ魚の大きさで、この水溜まりが北上川の支流の行き止まりだと気付いた。
浅いために背ヒレを水面から出した魚がサケであることがわかった。
そのままサケの行く先を追いかけて行くと、すぐ先の横山不動尊の境内にある池が終着点だった。
傷だらけで体の表面が白くなっているものがいたり、残りあと2~300メートルを残して息絶えたサケもいた。
この池からは湧水が出ていて、天然記念物のウグイの棲息地でもあった。
訪れた時、震災でダメージを受けた不動明王像が修理に出されるところだった。
大海原から生まれ故郷の北上川を遡上したサケは、川底の変わり様を察知しただろうか。
支流をさらに遡り、田んぼの中の用水路を伝わり、人家の脇の小川を抜けて境内の御池まで、命を削りながら泳ぎ切った姿に胸を打たれた。
大震災による被害の甚大さに、人々がまだ動揺を隠せず、復興がまだ覚束ないころ、荒れた大地を遡り、傷ついたご本尊の元へ例年通り帰ってきたサケたち。
その生きる力にどれだけ励まされたかしれない。